「私たちの主張」 - 未来を創造する建設業

  • 飛田 史枝
      二十数年前の私は、建設業とは全く別の仕事を目指していました。その為、橋梁工事の現場で事務のアルバイトをする事になった時も、橋がどの様に出来上がるのかなどの知識は全くありませんでした。事務の仕事は、電話の応対と簡単な書類の作成だけで難しい事は何も無く、「社会勉強の為に」と軽い気持ちでアルバイトを始めました。
      順調に仕事も覚え数カ月が過ぎる頃、現場へ伝言する用事が出来、そこで初めて、今まで何も無かったはずの場所に、形になり始めている橋を見付けました。日々の小さな作業で、こんなに大きな構造物が出来上がっていくのかと想うと、それまで建設業やものづくりに全く興味の無かった私でも、その完成が日々楽しみになって来ました。その後、少しずつ完成に近づいていく橋の様子を見ながら帰宅するのが、私の日課になりました。
      最初は、いつも怒っている様に見えた職人の方々も、声が大きいだけで実は気さくな人達ばかりでした。仕事ぶりも真面目で、少しでも品質の高い仕事をしようと、毎日暗くなるまで真剣に作業に取り組んでいました。彼らの長い年月をかけて培ってきた技術や、仕事にプライドを持って働く姿を見て、私もいつか自分の子どもや孫が出来た時に、胸を張って自分の仕事を語ることが出来たら素敵だなと想いました。
      工事が進むにつれ、現場事務所内の雰囲気も変化しました。「橋を完成させる」という目標に向かって、全員の気持ちがひとつになっていく様な不思議な感覚がしました。仲間同士の信頼や、結束力等だったと想います。現場で働く人達には、自分の仕事を全うして工事を完成させるという喜び以外にも、仲間同士が協力して工事を完成させるという喜びもあるのだと、この時初めて知りました。
      間もなく橋は完成。橋の前に立つと、それまでの色々な事が想い出されました。現場で働く人達の想いがたくさん詰まった橋。私もここで同じ時を過ごし、完成までにほんのひと欠片でも携わる事が出来たのを、嬉しく誇りに感じました。アルバイトで始めた仕事でしたが、人の力でこんなに大きな物を造り上げる事が出来る建設業の仕事は、とても素晴らしいと、心の底から想いました。
      それから数年後、私は現場職員として建設業に従事していました。女性の私に何が出来るのか不安でしたが、橋が完成した時の気持ちがどうしても忘れられなく、何もしないまま後悔するのだけは嫌でした。その当時は、まだ現場に女性技術者は殆ど見受けられず、また女性が従事出来る様な環境整備もされていませんでした。現在ではあり得ませんが、対等に話も聞いてもらえず、大声で怒鳴られる事も日常茶飯事で、「だから女は」の言葉は何度聞いたかわかりません。悔しさのあまり、早く仕事を覚えて見返してやる!といつもムキになって働いていました。でも年月が過ぎ、当時きつい言葉を投げつけた人達の年齢に近付き、最近ふと思うのです。知識も経験も無い私が、いきなりやって来て現場で張り切って働く姿は、周囲から見るとかなり危なっかしく心配だっただろうなと。現場でケガでもしたら大変です。あの時の言葉は、もしかしてみんなの優しさから出たものではと想えてきたのです。今までのわだかまりが解けていく様な気がします。
      色々な経験をしながら、出産や子育ての為に一時退職。私も紆余曲折ありましたが、建設業に対する想いは常に変わらず、少しでも建設業に携わりたいと、子育てをしながらその時自分に出来る仕事を精一杯続けて来ました。その想いのおかげか、今も私は建設業で働いています。今ここにいる私は、当時私が想い描いていた理想の私ではないかも知れません。でも今も夢だった建設業の仕事を続けられているのは、本当に幸せでありがたい事です。
      将来建設業の仕事をしてみたい、興味があるという皆さん。自分が好きだと思う仕事を続けられるのは、本当に幸せな事です。日々の雑事に流されながら、主体性を持たないまま生きていく事も出来るとは思いますが、それでは年齢を重ねただけの人生になってしまいかねません。自分の好きな何かに一生懸命努力し、そこで自分が生きた証が残せたら、それは素晴らしい事だと想います。もちろん時には悩む事や道に迷う事もあるでしょう。そんな時は、まず自分がどうしたいのかを考え、その時出来る精一杯の事をして最善を尽くしていれば、いつか道は開けてくるのではないでしょうか。人の評価に惑わされる事なく、自分の軸を持って、どうか未来に向かって走り続けて下さい。
      皆さんが輝く『自分の居場所』を見付けられますように、願っております。