「私たちの主張」 - 未来を創造する建設業

  • 紀伊 保
      「一身上の都合で会社を辞めさせてもらいます。」これは、今から25年前の私のセリフだ。時代はバブル絶頂期。「独立して、人の2倍働いて3倍稼いでやる!」それが辞表提出の真意だった。
      結局、当時尊敬していた上司に慰留され、半年後にバブルがはじけた。世の中は一気に不景気になり、当時の「転職ブーム」の波に乗って、条件のいい会社を渡り歩いていた元同僚たちは、今では消息すら聞かない。
      考えてみると、「転職ブーム」は現代でも、形を変えて若者の心に広がっている。バブル期のような、「2倍働いて3倍稼ぎたい」というものではなく、給料が同じなら、楽で休みが多いところに移りたいというように形を変えた新たな「転職ブーム」が、現代にも蔓延しているのではないだろうか。情報化社会の現代では、就職も転職もスマートフォンのモニターで「初任給、休み、地元」などのキーワードで検索され、ふるいにかけられる。企業理念やその会社の思いは、検索機能ではヒットしないのだ。
      彼らは、この仕事を通じて世の中の役に立ちたいという「志」ではなく、単なる「比較」で仕事を決め、しばらく勤めてはまた次の「比較」によって転職しているように思える。
      しかし、仕事とは、「比較」ではなく、「感動」するものではないだろうか。
      私がまだ新入社員だったころ、鉄道の連続立体交差事業に携わっていた。その工事では、私がすべての測量業務を任されており、工期に間に合わせるために懸命にホームをつくった。しかし、検査では、わずか10mmの施工誤差のために不合格となり、ホーム先端の10数mをやり直すことになったのだ。職人さんに頭を下げ、何とか期日までに完成させた。
      線路の切り替えは、12月9日。体の芯まで冷えるような午前5時2分。いよいよ始発電車が入ってきた。私は一人、自分がつくったホームの上に立っていた。再施工したホームの先端は、何度測量して確認しても、列車が衝突しないか不安でしかたなかったからだ。
      始発列車がホームに近づいてきたとき、心臓の鼓動がにわかに早くなった。きれいに弧を描きながら滑り込む列車。そのとき、始発電車に乗っていたスキー板を抱えた女の子の姿は、いまも脳裏に焼き付いている。
      その瞬間、なぜだか涙があふれてきた。嗚咽するくらいに、止めどなく涙が流れてきたのだ。そのとき、私は気づいた。
      「俺…、感動している」と。
      その後、現場監督として、たくさんの構造物をつくってきたが、あのときの感動は一生忘れられない。今まで仕事を続けてこられたのは、あの感動があったからだと思っている。
      建設業のやり甲斐は、なんといっても完成の喜びだ。現場では苦労の連続だが、その達成感はどの産業にも負けないと思う。これこそが私たちの仕事の誇りだ。
      いま、私は管理職として、技術系職員の教育担当責任者をしている。
      また、同時に建設業の素晴らしさを学生や子どもたちに伝える活動も続けている。小学生を対象とした「夏休み親子体験会」では、建設機械の試乗や測量の体験をしてもらった。
      中学生には、職場体験に来てもらい、高校生には、彼らの学校まで赴いて「出前授業」と称し、どんな仕事も尊く、その仕事を全力でやることで、自分のモチベーションも成果も大きく変わることを伝えてきた。
      そして、今年の新入社員らには、新社会人としての抱負と両親に対する感謝の気持ちを言葉にしてもらい、それを動画で撮影した。新入社員一人ひとりの言葉を収録した29本の動画を編集し、ご両親に宛てて発送した。後日、ご両親から感謝の手紙が返ってきた。
      『この度は心温まるDVDをお送りいただきありがとうございました。新社会人を心配する親の気持ちを察して下さり、研修の様子を御教え頂いてホッとするとともに両親へのメッセージにも感動し、涙しました。家族みんなで観ました。私は何度も観ました。人間関係に不安なく働ける職場であること、働き甲斐のある仕事であることが伝わって、とても安心できました』
      私は、いつも彼らに言う。「転職発想」ではなく、「天職発想」でいようと。
      「転職」を否定するつもりはない。でも、「比較」だけで移り変わる「転々・職」では、どこに行っても、自分の仕事を好きにはなれないし、自分の未来やそんな自分自身も好きになれないだろう。
      それに対し、どんな仕事でも一生懸命やれば、その道のプロフェッショナルになり、「天職」になるのだ。
      やはり仕事とは、感動するものだと思う。お客様も周りの人も家族も、そして自分自身も感動する、私はそんな建設業が大好きだ。