「私たちの主張」 - 未来を創造する建設業

  • 大澤 仁朗
      高校を卒業してから、国土交通省による国家プロジェクトの大工育成塾に入り三年間の修行を終え、塾生時代の研修先だった北海道岩見沢市の武部建設株式会社に大工として就職した。二十名近い大工を社員として抱え、墨付け手刻みの新築から、古民家再生、大型木造建築物まで幅広い仕事をこなす会社だった。
      そもそも大工になりたいという思いをずっと持っていたわけではない。やりたい部活の為に大学の指定校推薦を狙って必死に勉強していた高校三年生の夏、ちょっと器用だった私をみて同級生が「おまえ大工になればいい」と一言。口に釘をくわえて頭にネジリ鉢巻き、なぜか動き辛そうなダボダボの作業ズボンを穿いて屋根の上でトントントン、きっと口癖は「てやんでぇい!」。そんな大工のイメージを自分の将来に照らし合わせてみた。「悪くない。こりゃ楽しそうだ。」それまでやっていた勉強を辞めて、当時十七歳の若造が自分の将来をあまり真剣に考えず、安易に人生の大きな決断をした瞬間だった。
      三十歳になったら独立する。とりあえずそんな漠然とした目標を掲げて大工の道に進んで一年目、建築現場は井戸の中の蛙に容赦なく現実を突きつける。北国の北海道とはいっても真夏の日差しが照りつける屋根工事は部活よりキツイ。真冬になれば連日の猛吹雪が現場を襲い、工期が迫れば親方の無言の圧力で吹雪の中に突入する。足場で作業をしていたら自分が何段目にいるのかわからなくなって遭難した。断熱材として使われるグラスウールは皮膚に刺さってとんでもなく痒い。楽しそうなイメージとはかけ離れた現実だった。
      親方は自分の祖父ほどの年齢の口数の少ない大工だった。手取り足取りなんてもっての他。仕事は見て盗め、やれるならやってみろ、そんなスタイルの指導だった。だから細かい仕事はいつも兄弟子が教えてくれた。そんな親方が直接教えてくれたのが刃物研ぎだった。大工仕事は一年目の小僧にとっては本当にわからないことだらけで、成績表なんて無いから、自分がどのくらい出来るようになったのかわからないのがなかなかキツイ。それでもこのノミ研ぎは良かった。昼休みはもちろん、毎日作業が終わってから会社に残って研ぎ場で一人黙々と練習していると、先輩大工達がいつも見に来て評価してくれた。やればやるだけ上手くなるのが楽しくて、毎日必死にやった。自分の大工としてのスキルが目で見てわかるノミ研ぎが、仕事にのめり込んでいく理由の一つだった。
      一つ一つの仕事を覚えていくと、少しずつ一人で任せてもらえるようになる。三年目くらいになると少しわかってくる。自信が付いてくれば自分から親方に「この仕事をやらせてほしい」と頭を下げる。やらせてもらえれば天狗になってミスをする。バレたら任せてもらえなくなるから、反省して夜や休日に出てきてコッソリ直す。わからないところがあれば休み時間にさりげなく先輩の仕事を見に行った。外で仕事をしている時に、親方が和室の造作仕事をやっていれば、窓からコッソリ覗いてやり方を必死にメモした。そんな日々の中で少しずつ、仕事を覚えていくのが楽しくてしょうがなかった。
      七年目でようやく大きなチャンスがきた。お寺の納骨堂新築工事。そこまで大きくはない建物だったが、その現場の棟梁を任された。乗り込み初日にお客さんから念願の一言を頂いた。「棟梁!」嬉しくてしょうがなかった。そう呼ばれる日を待ちわびて頑張ってきたかいがあった。必死に頑張って、出来る限り丁寧に、けどお客さんに心配されたくないから平然を装ってなんとか一棟収めた後、次の現場の棟梁の話を頂いた。
      それから年に二棟くらい、新築住宅を棟梁として建てた。棟梁は現場の作業責任者だ。墨付けから始まって、最後の仕上げまで気を抜くことはない。材料の手配や大工手間の金勘定、協力業社との打ち合わせなど大工仕事以外の業務も任される。毎日体も頭もクタクタになって、それでも一棟収めると爽快感で満たされた。
      昔何かで聞いた「人生は一度きりしかないのだから、その大半の時間を過ごす仕事にやりがいが無くてはつまらない」という言葉、その通りだと思う。辛いこともあるし、逃げ出したくなる時もあるけど、仕事を通して人として成長し、そのプロセスの中で多くを学び、やりがいを感じながら日々を過ごすことが人生をより豊にするのだと思う。建設業界の仕事はとんでもなく幅広く、深さは底知れない。機械化が進む現代でも、建設業界はまだまだ人の手が必要とされている。3K がなんだ、それを上回るほどのやりがいがある。これから仕事を始める若者もきっと楽しめる業界だ。仕事に生涯をかけて人生を全うしている頑固な大人達の魅力にきっと惹かれるはずだ。
      三十歳になった今、私はこの業界の大工という分野に生涯をかける覚悟を決めて、三か月前に工務店を開業した。これからの人生が楽しみでしょうがない。