• 久留 青葉
      小学生の頃、学区内に新東名高速道路が通った。まだ開通していない新東名高速道路を歩けるというイベントに参加した私は、普段することの出来ない体験に心を震わせた。こんなに大きな道路を、山の中に、高い場所に造っている人達がいる。それを感じたのが、私が建設業に興味を持ったきっかけだった。
     「こんなに大きな道路、どうやって造ったのだろうか。」「材料はどこから運んできたのだろうか。」沢山の疑問が浮かぶ中で、まだ車が通っていない、まっさらな道はとてもきれいだった。今日も沢山の人が新東名高速道路を利用している。「人の役に立つ構造物」、そんなものを私も造ってみたいと思い、今の私に繋がっている。
     それに加えて、私の両親は家具工房を営んでおり、ちょうど小学生高学年の頃あたりから、家具の納品に付いていく機会が増えた。家具の納品で行くお客様の家は新築が多く、建築士の方々が設計したその家々は、どれも魅力的で、自然とこの家に住んでみたいと思わせるものばかりだった。
     そして、その家に住んでいる人達全員が、とても幸せそうな顔をしていた。お客様の幸せそうな顔を見て、私は、「人を幸せにすることができる建物を造りたい。」と、思うようになった。
     だから私は、その夢に少しでも早く近づくため、建築デザイン科のある高校を志望し、入学した。課題は難しく、学年が上がるにつれ、どんどん忙しくなっていくと思う。けれど、将来自分が建設業に就業し、自分の好きなことでいきいきと働いている姿を想像すると、頑張ろうという気持ちが湧き出し、その将来の自分の姿は、今の自分の支えとなっている。
     「人の役に立つ構造物」を造りたい。「人を幸せにすることができる建物」を造りたい。ほんのささいなきっかけで思ったことだけれど、この思いは、「夢」として、今も私の中で輝いている。あの心の震えた瞬間をいつまでも忘れずに、これからの日々を、前に向かって進んでいきたい。