• 新村 歩夢
      私は幼い頃、土木を身近に感じていました。祖父は港湾土木の仕事をしていて、父は型枠大工の仕事をしていました。当時、住んでいた家はリビングに食卓とは別に机がありました。父は仕事を家に持ち帰ってきた時、その机で仕事をしていました。父が何かの図面を描いていたのを何度か見た事があります。祖父も父も今は亡き人になってしまいました。父は時々、現場に連れて行ってくれました。車の中から父の働く姿を見ていたのを今でもよく覚えています。その時初めて家ではあまり見せない険しい顔やたばこを吸っている姿を見ました。私も幼かったので、父が何をしているのか分かりませんでしたが、かっこよくて「父の近くに行きたい。」とただ単純にそう思いました。
     私が中学三年生になった時、テレビのコマーシャルで「地図に残る仕事」という言葉を初めて耳にしました。かっこいいなと思いました。どの仕事も責任があって大切なことがたくさんあるけれど、この土木という仕事のように長い間、残り続けるものは少ないと思います。たくさんの人が関わって年月をかけて造られ、それ以上の長い年月の間、たくさんの人を助け、支え、自分の造ったものが残っていく「地図に残る仕事」という言葉は、私が土木の道に進みたいと思った一番の理由になりました。その後、弟の自由研究で鶴田ダムに行った時に、建設途中の機械がたくさんあり、骨組みもあり…、その時に土木を職にするという事を実感しました。建築関係に進むか土木関係に進むか迷っていた私は、「地図に残る仕事」という言葉と鶴田ダムの工事現場の大きさ、迫力に魅せられたことを思い出し、土木関係に進むことを決めました。そして今、私は工業高校で土木について学んでいます。少しずつ専門的なことを学び、先生方から現場の話を聞き、もっと土木に興味が湧きました。
     私は今、高校二年生です。少しずつ社会が近づいてきています。好きなことを仕事に出来る人は少ないと思います。その少ない中に入れるよう今、いろいろと学んでいます。少しずつ近づいている社会を意識し、学んでいることを生かしていけるよう頑張りたいと思います。
     母と出掛けていると、「あれはお父さんが造ったんだよ。」と教えてくれます。その度に、父への憧れと近づきたいという気持ちが大きくなっていきます。父が「型枠がないと造れないから一番大事だ。」と言っていたと母から聞きました。母は「全部無いと出来上がらないのにね、どこに関わってる人でもそう言うんだよ。」と私に教えてくれました。母は父が一番だと思うくらいに誇りをもって仕事をしていたんだという事を教えてくれたんだと思います。
     まだ先の話ですが、私が親になったとき、私も子供に自分の関わった仕事を教えたいです。その時に胸を張れるように誇りを持って働きたいと思います。そして子供にも興味を持ってもらいたいです。
     土木の仕事は、何かを造る時、一人ではなく誰かとの共同作業だと知りました。すべて繋がっているのだと思いました。
     父から私に繋がったように、私から子へ繋げることが私の将来の夢です。
     これから夢を叶えられるように、土木を感じながら、もっと興味を持っていきたいです。