「私たちの主張」 - 未来を創造する建設業

  • 吉成 健
      私が建設業に興味を持ったのは、建設業に携わっていた叔父の影響が非常に大きいと言えます。
      幼い頃、私は叔父と様々な場所へ出かけました。その都度、自らが施工に関わった場所を誇らしげに紹介する叔父に、子供ながらに「こんなに大きい建物を作ったんだ。かっこいい。」と憧れを抱いたものです。そんな叔父は私の中で「ヒーロー」でした。そして、いつか自分も「人々が生活する上で欠かすことの出来ない道路や建設物を作りたい」と思うようになりました。
      更にその思いを決定付けたのは、大学時代に経験した東日本大震災です。地震によりガス・水道・電気等のライフラインが停止し、山は崩れ、国道も寸断されて救助隊も救助に行けないという状況が福島県内のあちこちで見られました。
      さらに追い打ちをかけたのが東京電力福島第一原子力発電所の爆発による放射性物質の飛散です。その時は「被爆するから外に出ない方がいい。避難した方がいい。」と様々な噂が流れ、未曽有の大災害に皆、自分の事で精一杯でした。
      そんな中、バックホウ等の重機とダンプトラックで国道の崩落した山の土砂を運び出す建設業の方々を目にしました。昼夜問わず作業し、ついには道路を開通させたのです。その姿は、幼き日の叔父がそうだったように、まさにヒーローそのものでした。そして「人々の生活を救う仕事がしたい」という思いが一層強くなり、建設業に従事することを決めました。
      現在、私は東日本大震災において甚大な被害を受けた福島県浜通りで、災害復旧工事に携わっています。
      幼い頃、家族旅行で訪れた際には、潮干狩りや海水浴をしている家族連れや観光客で賑わいを見せていました。
      しかし、震災後に目にした光景は以前とは全く異なっていました。かつてあった堤防や商店、砂浜は無く、壊れた堤防や家の基礎、山積みの瓦礫のみが残されている状態でした。テレビや新聞で震災の悲惨さを知っているつもりでしたが、実際の光景を目の当たりにして、震災の脅威、悲惨さを痛感しました。
      私の現場は津波によって壊れた海岸堤防の復旧工事でした。海岸工事の施工はまだ三年目の新米社員だった私にとってはどれも初めての経験で、日々勉強でした。
      そんな時、私は堤防基礎の均しコンクリートの打設高さを間違えるというミスをしました。コンクリートを斫って壊してから、次の日の打設の準備をしなければならず、職人さんに夜遅くまで残業してもらう結果になってしまいました。自分のミスで多大な迷惑をかけてしまった事に、当時はかなり落ち込みました。
      今は、その時の申し訳ない気持ちと感謝の気持ちから、職人さんの作業効率が上がるような段取りを常に心掛けています。
      二年四ヶ月の長い工期も終わり、無事に海岸堤防が完成した時は、涙が出るくらい嬉しく、計り知れない程の達成感がありました。建設業の魅力はなんといっても、この完成した時の「達成感」だと私は思っています。
      現場内で問題が起きた時、発注者の方や受注者である私達、職長で必死に解決案を考え話し合い、問題解決の糸口を模索して最善の方法で施工する。その繰り返しが現場だと思います。現場で働く全員が考え、話し合うことは非常に大切です。そして、それをまとめて、全員のベクトルを合わせることが私達の役目だと思います。苦労はありますが、この達成感は他の業種では味わえないのではないかと感じます。
      この仕事は、決して楽な仕事ではありません。しかし、完成した堤防を散歩する年輩の方に「助かった。これで安心して暮らせる。ありがとう。」と声をかけられると、言葉では言い表せないほどの喜びを感じます。また、「人々の生活を救う仕事がしたい」という思いを少しですが実現出来たのではないかと感じています。
      私はこの建設業という職業はヒーローになれる職業だと思っています。目立って人の命を救ったりするわけではありません。しかし建設業は震災で苦しむ人々を違う角度から救う「ヒーロー」ではないかと思います。私はまだ、駆け出しのヒーロー見習ですが、これからもっと努力し、勉強し、考え、苦労しながら本物の「ヒーロー」になれるように一生懸命尽力していきたいと思います。